アガサ・クリスティーの『邪悪の家』という本を古本屋さんで買ってありました。それを日曜日から読み始めようとしたところ、始まり方になんとなく覚えがあります。おや、と思いつつ、読む進めると、エンドハウスという場所の名前がすぐに出てきました。これで完全にわかりました。前に読んだことのある本だったのです。ただし、違う出版社のものです。
ぼくが読んだものは『エンド・ハウスの怪事件』という創元推理文庫の本で、日曜日に手に取った本はハヤカワクリスティー文庫のものでした。同じ作品でも訳者によってずいぶん題名が違いますね。英語の題は『Peril at End House』というそうで、Perilというのは、危機とか冒険という意味のようです。End Houseは、命を狙われるヒロインがそのとき住んでいる家の名前です。誰が犯人かわからないまま何度も危機の訪れるこの家はたしかに邪悪な空気に満ちています。
どちらの本も直訳ではないですね。命を何度も狙われることと、Endをもしかして作者は掛けて、この家の名前をつけたのでしょうか? 英語に自信がないのでちょっとわかりませんが……。ちなみに、ぼくがいま読んでいる『邪悪の家』は詩人の田村隆一が訳していまして、とても読みやすくおもしろいです。田村隆一訳のミステリーはぼくの中ではずれ無しのブランドです。
ミステリーはもちろん英語の勉強とは違いますから、正確な訳が一番とはもちろん限りません(あきらかな誤訳はいけないにしても)。今回の本の題名のように、原作の雰囲気を重視するのもいいですし、思い切って内容をイメージさせる題にしてしまうのも、読む気をそそらせます。そういった楽しみができるのも、翻訳本の魅力の一つかもしれません。英語の授業でこんなことまでできたら、きっと楽しいだろうなとも思います。でも、そのためには、まずしっかりした英語力と国語力が必要になりますが……。NEWSでもいつかそんなクラスを作ってみたいと思いました。
さて、同じ本と気がついたぼくですが、そのまま『邪悪の家』を読み続けています。前にたしかに『エンド・ハウスの怪事件』を読んだはずなのですが、さっぱり犯人も手口も思い出せないからです。ミステリーというのは、筋をきれいさっぱり忘れさせる効果があると書いていたのは福永武彦だったような気がしますが、我ながら見事な忘れっぷりに驚いてしまいました。おかげでも、もう一度、灰色の脳細胞の名探偵エルキュール・ポワロの推理を楽しむことができます。秋の夜長にそろそろなってまいります。今夜もゆっくりと読書を楽しみたいと思います。
NEWS板橋校室長
三木 裕