このコラムにも何回か書いたのですが、ぼくは外国のミステリーが好きで、新しい作品はあまり知らないのですが、1950年以前の古典と呼ばれる作品(黄金時代といわれることもあります)が特に好きで読んでいます。先日、深夜テレビで外国のミステリーのドラマが放送されていました。『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』という作品です。まさにその時代のアガサ・クリスティー原作のドラマだったので、見始めました。
崖から落ちた男性をたまたま牧師の息子の青年が見つけます。事故か? と思われる状況でしたが、その男性は、最後にひとこと「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」といって、死んでしまいます。その後、牧師の息子と、その幼馴染である伯爵令嬢がいっしょに事件を追いかけます。それを手伝うのが名探偵ミス・マープルというお話です。ですが、開始時間が遅かったこともあり、途中でどうにも眠くなってしまい、その言葉の謎が気にはなったのですが、最後まで見ずにテレビを消してしまいました。
結局どうなったのだろうと思い、図書館に行って、原作を借りてきて読み始めました。牧師の息子と伯爵令嬢の冒険が始まります。ところが、途中で、おかしいなと思い始めました。いつまでたっても、ミス・マープルが出てこないのです。あれあれ? 結局、最後までミス・マープルは出てきませんでした。なんと、あのドラマは、原作を変えて作られたものだったのです。名探偵ミス・マープルのシリーズドラマの中の1本でしたので、マープル物の原作が足りなくなったのか、あるいは、若い二人の冒険をサポートするというのが、いかにもミス・マープルっぽいのであえて作られたのか……。ミステリーらしい(?)大どんでん返しで、驚いてしまいました。
ミス・マープルの出てこない原作の本おもしろかったです。主人公の二人は推理もしますが、どちらかというと、いきあたりばったりで行動しているように見えます。危機一髪の場面も何度かありますが、ほとんど運のよさで助かることが多く、ミス・マープルや、アガサ・クリスティのもうひとりの名探偵ポワロのようなあざやかな推理による解決ではありませんでした。ただ、ふたりの冒険、そして、お約束のさわやかな最後の場面を読むと、逆に、この本に『なぜ、この本にはミス・マープルが出てこないのか?』という謎が解けるような気がします。たぶん、ミス・マープルなら、もっと早くに謎を解いてしまって、ふたりの冒険も危機もなくなってしまいそうだからです。危機がないとふたりの恋も……。といいつつ、ドラマは全部見ていませんが、『なぜ、ドラマにミス・マープルが出ていたのか?』という謎も、すこしわかる気がするのです。おとなしい朴訥な牧師の息子と、行動派でどんどん事件にかかわっていく伯爵令嬢の、身分差を気にした歯がゆい恋も、ミス・マープルがいればもっとスムーズに行っていたと思いますので……。そのお手伝いのためにドラマに出てきたのではないかと思いました。なんとも手伝いたくなるふたりなのです。原作でももちろんうまくいくのですが。
アガサ・クリスティはミステリーの女王といわれていますが、本当に小説を書くのが好きな人だったんだろうな、と思います。さまざまな謎があり、出てくる事件と登場人物が、作品によって大きく変わります。こういうお話のときにはこの探偵で、こういう謎にはこの人たちでいこう……、などと物語作りそのものを楽しんでいる様子が、どの本を読んでいても感じられるのです。作者が楽しんでいないと、読者も楽しくない? ということが正しいのであれば、教えている先生が楽しくなければ、教わる子どもたちもおもしろいわけがない、ということかもしれません。クリスティの本を読みながら、そんなことを思いました。また、おもしろい本がありましたらご紹介させてください! どうぞよろしくお願いいたします。
NEWS板橋校室長
三木 裕