学校に教科書や資料集を置いてきてしまう、いわゆる『置き勉』は、やってはいけないこととされてきたと思います。しかし、近頃の学校では、容認するところが増えてきているというニュースがありました。
『小中学生の通学かばんが重過ぎるといった保護者らからの指摘を受け、文部科学省は今月6日、都道府県の教育委員会などに、持ち物の重さや量に配慮を求める通知を出した。学校現場では、既に教科書や副教材を教室に置いて帰る「置き勉」(置き勉強道具)を容認するところが増加。ただ、防犯上の問題や「学習習慣が身に付かない」と心配する声もあり、実際に何を置いておくかについては、今後も学校によって対応が分かれそうだ。』
このような内容です。うーん。どうなんでしょう?
重すぎるというのが、どれくらいなのでしょうか。教科書自体の重さはそれほど変わっていない気がします。しかし、昔よりもいろいろと資料が増えて、それが重いのでしょうか? あるいは、置き勉という言葉がひとり歩きしてしまっていますが、実際には、ふだんあまり使わない資料集だけを学校に置いてある程度のことなのでしょうか?
いまの子は昔よりひ弱になった。
教科書や参考書の量が昔よりも圧倒的に増えた。
置き勉を容認しているといっても部分的なもので、教科書は必ず持ち帰らせている。
なんとなく、程度問題はあるにしても、この3つがからんでいる感じでしょうか?
あと、ランドセルの重さは昔よりも軽くなっているのですかね?
疑問文ばかりで申し訳ないですが、NEWSの国語の先生としてどうしてもいいたいことは、国語の教科書は置き勉してはいけません! ということです。特に小学生のうちは、音読の宿題がよく出ると思います。ものすごく大事です。宿題じゃなくても音読をしてほしいくらいです。算数の文章問題とか、理科や社会の問題も、おうちで声を出して読むといいです。なので、ぼくは置き勉反対ですね。
ただ、本当に重い場合は、やはり学校の配慮が必要だと思います。使用するものを正確にお知らせして、その日必要なものだけ持たせる。また、置いていってよいものだけ指示する。そういった細かい配慮が必要なのかとは思います。国語の教科書は原則持ち帰ってほしいですね。
前は、生徒が学校に教科書置いていったりしたら、ものすごく怒りましたが、これからは学校に確認が必要な時代になってくるのかもしれません。といって、全部タブレットになってしまうのもさみしいような……。教育も時代によっていろいろ変わってきます。ぼくらもきちんとした対応をしないといけないですね。