前回のコラムで、将棋の藤井聡太八冠達成について書きました。そのときの対戦相手は永瀬拓矢九段でした。将棋ファンのあいだでは『軍曹』と呼ばれる、将棋一筋のストイックな棋士として有名です。
「将棋に才能は必要ない。必要なのは努力です。」
以前語られていた永瀬九段のことばです。将棋の天才たちが集まるプロ棋士の中で、実際にタイトルを取れる棋士は、ほんの一握りしかいません。その中の一人である永瀬九段のことばなので、非常に重く感じられます。
将棋というのは師弟制をとっている世界で、藤井八冠の師匠の杉本八段はすっかり有名になりました。しかし、師弟が直接将棋を指し合い、勉強するということは、あまりないそうです。そのかわり、同世代の棋士たちが集まって将棋を指し合う、研究会というのが盛んで、いろいろとあるそうです。複数の研究会で指す棋士もいれば、AI研究だけで人とは差さない棋士もいるそうです。
永瀬九段は、中学生でプロになったばかりの十歳年下の藤井聡太四段(当時)に声をかけて、研究会に誘ったそうです。中学生の藤井くんが遅くまで指せるように、自ら藤井くんの地元の名古屋まで通ったということですから、どうしてもいっしょに勉強がしたかったのでしょう。立場的には永瀬九段のほうがだいぶ上だったと思いますが、そのエピソードにも永瀬軍曹のすごみを感じてしまいます。
ふつう、研究会は、お互いの棋力が上がり、タイトル戦で戦うようになると、いっしょにはやらなくなるそうですが、永瀬九段と藤井八冠は、いまもつづけているのだそうです。八冠を達成した日も、勝負が決まった後(永瀬九段の痛恨のミスで負けてしまったにもかかわらず)、ふたりで感想戦を長くつづけたということです。タイトル戦であることよりも、将棋の真理を見極めたいふたりなのでしょう。
またまたプロ野球の話で恐縮ですが、昔に比べて、相手チームの選手と仲良くしすぎではないか、という話が、特に古いファンやOBの方たちから出てきます。試合前や試合中も気軽に話しかけたり、敵のチームの選手といっしょに自主トレをしたり……。もう少しけじめをつけるべきではないか、というような意見です。まあ、時代がちがうといえばそれまでなのですが……。WBCのような戦いでお互いをリスペクトして、ともに力を合わせて戦った経験など昔はなかったですから。
そして、今回の永瀬九段と藤井八段のことを知りますと、敵であることは、べつに憎み合うことではなく、不自然に距離を置かなくてはならないものでもなく、仲間にも、ライバルにもなるのだなあ、と思えてきます。将棋であり、野球であり、ほかのどんな分野でもそうだと思いますが、より高みを目指すものにとって、仲間と敵とライバルのちがいなど、ほとんどないのかもしれません。永瀬九段はきっともっと強くなります。また、藤井八冠をいまの高みに連れて行ったのも、まちがいなく永瀬九段の力が加わっているはずです。今後もふたりの将棋はつづくのでしょう。また熱い戦いが見たいですね。プロ野球の阪神タイガースも今年はいい感じなので、さらに上を目指してがんばってほしいです! (最後いらなかったですか? すみません!)