ジャック・ヒギンズというイギリスの作家をご存知でしょうか。とてつもなくおもしろい冒険小説をたくさん書いた作家です。その物語は、タフで不屈なプロフェッショナルな軍人たちが、危険な任務を成し遂げ、味方を勝利に導くものばかりです。ある意味、水戸黄門のような予定調和さえあり、そこが楽しめる理由でもあります。
最近、読み始めた本は『反撃の海峡』というもので、第二次世界大戦の、アメリカ軍のノルマンディー上陸作戦秘話のような物語です。いつものヒギンズの物語ということで、楽しんで読んでおりました。もちろん、戦争の話ですから、たくさんの人が死にます。ただ、まあ、物語として、割り切って読んでおりました。
そこへ、ロシアによるウクライナの侵攻が起こりました。現実の戦争です。現実に多くの人が亡くなりました。
それから、『反撃の海峡』を読むのが、つらくなってきました。『反撃の海峡』にも、戦争が描かれ、いい人も、悪い人も死に、戦争に勝つためと行って、連合国側も、ドイツ側も、ひどい謀略を仕掛けます。その過程で、またたくさんの人が死んでいきました。ですが、これは物語なのです。たくさん死ぬといいながら、主人公の二人は死にません。それどころか、ロマンチックな場面すらあります。軍人の誇りや、名誉などが美しく描かれ、もはやファンタジー小説を読んでいるかのような場面もあります。そして、それも含め、ヒギンズ小説のおもしろさなのです。
読んでいると、現実から目を背けているうしろめたさを感じてしまいます。本当は、楽しい読書だったはずなのに。なんともつらいです。そして、『反撃の海峡』の主人公は、やはりとてもかっこよかったのでした。自分のことをこういっています。
「わたしを信じるんだ。わたしが本気で怒ったらどういうことをやってのける人間か、きみは知っているはずだ」
まさにこの通りの人間で、准将の命令を無視し、とんでもないことをして、一人の女性をナチの巣窟のような場所へたった一人で救いに行くのでした(そこへ行くまでは、また別のいかにもヒギンズの小説に出てくるようなかっこいい男たちが助けてくれますが)。
一日も早く、ヒギンズの小説を心から楽しめる日になりますことを願います。