将棋のプロ棋士になるためには、奨励会というものに入らないといけません。そこで勝ち上がって、ようやくプロ棋士になれるのですが、全国からの選りすぐりの将棋の天才たちが集まって戦うわけですから、そう簡単にはプロ棋士にはなれません。年齢制限もあり、プロになれずに多くの若者たちが去っていく、厳しい世界です。
ただし、奨励会を退会したあとも、アマチュアの世界で実績を上げることによって、プロ棋士になれるチャンスがまだあります。編入試験というものがあり、そこを通過するとプロ棋士になれるのです。今年、ユーチュ-バー棋士が合格して話題になりました。
その制度は昔からあったものではなく、ある一人のアマチュアによって生まれました。『泣き虫しょったんの奇跡』という映画にもなりました瀬川昌司棋士が、将棋連盟にお願いする形で、始まったのです。その裏側について書かれたノンフィクションの本を読みました(『泣き虫しょったんの奇跡』とはちがう本ですが)。実現は、ものすごく大変だったようです。本人の苦労も相当なものだったと思いますし、まわりの協力者(アマチュアの強豪や、新聞社の人、友人のプロ棋士などなど)も、実現には、ものすごく苦労したようです。反対意見、無関心、多くの壁がありました。そこには、棋士のプライドもありますし、もちろんお金の問題もあります。棋士個人の収入だけではなく、将棋界全体の収入、スポンサーの思惑など、複雑に絡みます。実現には、粘り強い話し合いや、瀬川棋士の実力、人柄、運、など、多くの要素が、最終的にいい方向に向かったからなのだなあと、読んでいて思いました。当時の将棋連盟会長の剛腕も(いろいろな思惑もあったのでしょうが)すごいなあ、と思いました。
そして、とうとう編入試験が実現します。瀬川棋士も、対戦相手も、相当緊張したようです。結果として、瀬川棋士は試験をクリアしました。その後、その制度で何人もプロ棋士が生まれました。今後もきっと生まれるでしょう。
いままでなかったことを実現するというのは大変なことです。この本を読んで思ったことは、一人ではやはり無理だったろうな、ということです。瀬川さんのためになら、と尽力する人たちが次々と現れることが、実現につながったと思います。実力があるだけでは、たぶんダメだったのではないかと思います。『泣き虫しょったんの奇跡』という映画は見ていませんが、ぼくが読んだ本の瀬川棋士は、周りの人への気遣いのために、泣くのをこらえているすがたのほうが印象深かったです。瀬川棋士は現在六段に上がっているようです。大きな舞台で活躍してほしいですね。