テレビで将棋のプロ棋士今泉健司四段についての番組がありました。苦労人の凡人が、天才（藤井七段）に勝つというドキュメンタリー番組です。

　今泉四段については、名前は知っておりましたが、あまり詳しくは知りませんでした。藤井七段に勝った試合は、たまたまテレビで見ておりましたが、そのときは、今泉四段がそのような苦労人とは知らず、おお勝った、たいしたもんだ、と思っただけでした。

　プロ棋士というのは四段からになります。将棋のプロになるには、まず奨励会というものに入らなければなりません。全国から集まった将棋の強い子ども、若者が、各階級ごとに試合をし、勝ち進むと上のランクになります。そして、最後のリーグの三段に上がり、その中の勝利数上位数名だけがプロになることができます。奨励会には年齢制限があり、その年齢までに四段になれなければ、もう退会するしかありません。かなりの狭き門ですから、毎年大勢の若者が、プロになれずに退会していきます。

　今泉四段も、その年齢制限にひっかかり、退会しました。飲食店で働き始めたそうですが、将棋以外の仕事をしたこともなく、また本人もやる気がなく、鬱屈した日々だったようです。しかし、将棋への思いは消えず、アマチュアの大会に出るようになり、そこでよい成績を上げたことにより、再びプロの道が開けました。新しく、プロ編入試験というものができたのです。その規定をクリアし、また奨励会の三段リーグに入ることができました。

　ただし、それも二年間（四期）という制限がありました。それなりに勝つことはできるのですが、ここ一番で勝てず、また二年後、奨励会を退会することになりました。

　奨励会に入って、しかも三段まで行く人は、今泉現四段も含め、将棋のすごい人だけのはずです。その中で、プロになれるのは、実力はもちろんですが、運もあったり、また、精神的な強さも、必要になるようです。今泉四段の話では、すぐに現実逃避してしまう自分の弱さがダメだったと話していました。

　奨励会二度目の退会後、今泉四段は、縁があり、ある介護施設で仕事をすることになりました。大変な仕事だったようです。時にはお世話していた方が亡くなられることもありました。将棋は休み時間に、本を見て問題を解く程度だったそうです。

　ところが、介護施設の仕事を続けているうちに、将棋が以前よりずっと、強くなっていたのです。職場の方の応援もあり、アマチュアの大会に出場すると勝ちつづけ、プロの棋士にも勝つようになりました（勝ち進むと、プロと対局できる棋戦がいくつかあります）。そうして、プロ棋士相手の勝率が、あるレベルを超えると、さらにプロ棋士になる試験を受けられる制度を申請し、三度プロを目指すことになりました。プロ棋士５人を相手に、３勝すると、プロになれます。

　結果として３勝し、プロ棋士になれました。四十一歳で史上最年長のプロ入りだったそうです（ちなみに最年少プロが藤井七段ですね）。３勝目を上げた瞬間の、今泉四段が働いていた介護施設の様子も放送され、みんな泣いて喜んでいる姿が印象に残りました。このことは当時新聞などで読んで知っていました。しかし、それまでにこのような苦労があったことは、今回のテレビ番組で初めて知りました。奨励会を二度退会した人はこれまでいたのでしょうか。もう二度と出ないのではと思います。

　なぜ強くなったのかについて、今泉四段は、介護施設での仕事の経験が、人間としての自分を磨き、それが将棋につながったというようなことを話されていました。いまでも、働いていた施設に顔を出しているそうです。

　最終的にはプロになれたとはいえ、今泉四段は、根性の男とか、不屈の男という感じはまったくありませんでした。それまでの、自分の弱さ、ダメなところを隠さず、負けばかりの人生を、明るく、ユーモラスに語る今泉四段の人柄に、とても心惹かれました。藤井七段にも勝ちましたが、そのあとの対局では完敗したと笑顔で話し、見事な落ちもつけていました。

　人間力というのはいったいなんなのでしょう。いろいろと考えることの多い番組でした。これからの今泉四段の活躍を応援したいと思います。