三国志に呂布という男が出てきます。本の中では、わりと早い段階で曹操に敗れて死にます。戦いに関してはおそらくナンバーワンの実力者で、ゲームなどの戦闘力でも一番の数値になっているそうです。しかし、それ以外の部分はかなり評判が悪いです。父と呼んだ男を平気で殺す、裏切りにつぐ裏切りで生きた極悪非道の男とか、戦いしかしらない知恵のない男だとか。いろいろな本、マンガなどでは、こういうイメージが呂布だと思います。
しかし、最近読み始めた北方謙三版の『三国志』に出てくる呂布は、まったく印象がちがいました。戦いの強さはそのままです。だれもが呂の旗を見るだけでふるえおののくほどです。そして、北方版の呂布は、最後まで誇り高き男なのでした。裏切りはします。しかし、そこには彼なりの筋の通った理由があり、ただ軍人として強くあることだけをのぞむ呂布の姿は、劉備や曹操よりもかっこよく感じられるほどです。
北方版で大きくちがうところがありました。呂布が最後に籠城しているときです。圧倒的な数で曹操・劉備の軍が取り囲んでいます。しかし、曹操が叫ぶのです。降伏してくれ呂布殿、と。死なせたくない、わたしといっしょなら天下を取れる、と呂布にお願いするのです。呂布は聞き入れませんでした。そして最後には、おびただしい数の矢を受け、呂布は死にます。
これまで読んだものでの呂布の死ぬ場面は、曹操に捕まり、縛り首になります。その前に、呂布が、自分と手を組めば天下を取れると曹操にいう場面があります。まったく逆なのですね。劉備が、曹操に「呂布と組んではいけません」と助言する場面はどちらもありますが、手を結ぼうといっている人が反対なのです。
小説のこととはいえ、北方版はかなり思い切った書き方だとは思いましたが、これまでの北方版呂布のストーリーからすると、見事な名場面になっていたのでした。呂布が死ぬという史実は変えられませんが、そこまでのストーリーは、作家の想像力でこんなにも変えられるのだと感じました。北方版で初めて三国志を読んだ人が、他の三国志を読んで、呂布の描かれ方に愕然としてしまうのではないかという心配もしましたが……。
歴史上の人物といえども、見方や、立場、時代によって、大きく印象が変わってきます。正反対のものであっても、そのどちらにも真実があることも多いと思われます。人間の魅力、弱さ、おもしろさなど、歴史から学ぶことも多いです。NEWSの子どもたちにも、本の世界からもそれを学んでほしいなと思いました。